あ
今日もが遊びにきた。遊びにというか、なんというか。が放課後、常陸院の車に同乗して、光と馨と共に常陸院家帰ってくるのはもはや習慣であり、そうでないことのほうが不自然だ。光と馨の部屋はの部屋でもあり、光のゲームには必ずのセーブデータもあるし、馨の本にはのしおりがはさまっている。今も、ほんの数日前に馨が買ったばかりの本をしっかり抱え込んで、持ち主よりも先に読み終えてしまいそうだ。
「ねえさあ、夏どっか行くの?おじさんたちと」
ベッドに寝転がってひとりゲームに勤しんでいた光が思いついたように口を開いた。いくら目が悪くなるよと言ったって聞きやしない。なんだかんだで毎年の身体検査でいつも光と同じ結果を出す馨は、彼の視力が低下した場合をあまり考えたくなかった。
「ううん。今年はお父様とお母様の予定がホントに合わないみたいで、家族旅行は無理だって言われたばっかり」
本から顔をあげてが答えた。の口調がクラスメイトの女の子たちよりもハルヒのそれに近いのは、彼女の母親の影響によるものだ。馨たちも幼いころからよく知っているの母親は、彼らの母親と学生時代からの友人で、二人の性格は非常に良く似ている。バリバリのキャリアウーマンである母を持つもそれに似て行動的な部分があり、おまけに小さいころから光と馨と付き合っていれば、自然と深窓の令嬢には程遠くなる。けれど二人とも、そんなが他の女の子と比べてどうだとか考えたことは一度もなかった。
「なんだ、じゃあ僕らと一緒だ。お母さんのショーが3つくらい重なっちゃってめちゃくちゃ忙しそうでさ、僕たちで好きなところ選んで行ってきたらって」
「そうかあ、おばさま大変だよね。わたしもショー観に行きたいんだけど、どうかな?頼んでみてもいいと思う?」
「いいんじゃない?確か8月中のは僕らも都合つくなら来たら、とか言われたよ。・・・だったよね?馨」
「え、ああ、うん」
すこしぼうっとしていた馨は我に返って光にうなずくと、なんとなしに窓の外を見た。まだ夏休みに入る前だけれど、もう空はすっかり夏のそれだ。サイドテーブルに置いたレモネードのグラスがからんと音をたてて、その向こうから光との会話が聞こえる。
「じゃ、ショーのこと聞いとく。そんで旅行も一緒に行くだろ?どっか希望あんの?」
「どこでもいいよ、二人に任せる。・・・あ、でも中1のときに行ったところは嫌だからね!筋肉痛がひどかったんだから」
「運動しないからだよ。もジム通えば?ま、初日でリタイアだろうけど。・・・日程はどのへんかな、1週間でいいよね」
「うん。・・・そうだ、この日にかぶらないようにしてもらえる?光も馨も、ここは空けておいてくれると嬉しいんだけど」
「ん?どうして?」
カレンダーを指差してが言うと、二人はそれを覗き込んで首をかしげた。8月の終盤。馨は窓際から移動して、と同じようにベッドに座りなおした。
「なにかあるの、そこ」
「お母様の会社が新ブランド設立するのは話したよね?それの記念パーティがあるの。それにぜひ光くんと馨くんにも来ていただきなさいって、ほら、おばさまの会社にもお世話になってるから。お礼も兼ねて」
「へー。まあ堅っ苦しいのは好きじゃないけど、おばさんが言うなら行ってもいいかな。なあ馨」
「、うん、・・・そうだね」
不自然な笑顔になっていないことを祈りつつ、馨は光とからさりげなく視線を外した。急に自分の心臓の音が意識されて、ごくりと唾を飲む。すこし前に父親と母親の会話を偶然聞いてしまったことを思い出したのだ。「あの子たちももう大きくなったし、ちゃんもお年頃だし、そろそろ考えないといけないわね。・・・昨日も向こうと電話でその話をしたんだけど・・・」なにについての話なのか、もちろん可能性はいくつかあるけれど、母親同士の仲の良さと、互いに手がけている事業の関係性、お年頃なんて言い方、そしてこちらが男で向こうが女という性別の違いなんかを考えると、ひとつの可能性がまず浮かび上がる。喉の奥がぎゅうとつぶされるような感覚がした。
「もしかしたらなにか発表をするかもしれない、とか言ってたかなあ。そうそう、パーティの前に一度みんなでお食事したいとも言ってた。おじさまとおばさまには直接お話がいってるみたいだけど。夕食だけならみんなの予定もつくのかな」
「え、僕らなにも聞いてないよ。別にいいけどさ、お互いに家族みんな集まるのなんて何年ぶり?」
「ね。めずらしいよね」
そんなの、もう決定だ。空調のきいた適度に涼しい部屋にいるにも関わらず、馨の額にじわりと汗が浮かんだ。きっとその食事会でこう訊かれるに違いない。「のことはどう思ってくれている?」「小さいころからのお友だちだし、お互いに気心は知れているじゃない?」「見たことも会ったこともない誰かとよりも、ずっと良いと思うんだけど」「ちゃんが来てくれるなら私も嬉しいわ。どう?」
のことをどう思っているかって、そんなの好きに決まってる。ただそれがどういう好きなのかは自分でも全然わからないのだ。馨だってそうなのだから、光も同じのはずだ。今まで三人でいるのが当たり前だったから、もしと、どちらか片方だけがこれからもずっと一緒にいることになるとすれば、残ったほうはどうしたらいいのだろう。ずっと三人でいられるなんて、そんなこと、信じていたわけではないけれど。
「そーすると、ここらへんが食事で、こっから旅行で、ここがパーティ、と・・・なんだ、結構忙しいな、僕らも。どうせ殿あたりもなんか言い出すだろうし」
「環先輩てホントにおもしろいよね。この前も、光と馨の小さいときの話聞かれたよ」
「はあ?ったくあの人・・・。余計なこと言ってないだろーな」
「どれが余計なことなのかわたしには区別がつきませんが。・・・馨?さっきからぼうっとしてる。具合悪い?」
「ん?うん、平気」
今のところは。にちいさく笑顔を向けて、馨はもう一度空を見上げた。どうして今日はこんなに晴れているんだろう。
お
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(2007.9.8)