「ああ、うまかった!ツナ、お前の母さんの料理はホントに最高だな」
そう言いながらディーノはだいぶ使い慣れてきた箸を置いた。そうかなあ、綱吉は照れたようにちいさく笑って、こそりと彼の皿まわりなどを盗み見る。今日はあんまりこぼしてない、かな?いくら部下がいなくては半人前といえど、さすがに食事のレベルはきちんと上がっていくのだとみえる。ランボとイーピンは昼寝中、奈々はその間に買い物をと少し遠くのディスカウントショップへ行っている。ディーノとともに遅めの昼食をとっていたのは、綱吉とリボーンのふたりだった。ディーノの言葉を受け、綱吉にいれさせた食後の紅茶を優雅に味わっていたリボーンが、ぼそりと口を開く。
「んなこと言ってると、がヘソまげるぞ」
「!? げほ、ゲホゲホゲホ、うえ!」
「ディーノさん!?」
リボーンの言葉になんの前触れもなくむせだしたディーノの背をあわててさすってやりながら、綱吉がちいさな家庭教師をにらみつける。「なに言ったんだよ、リボーン」と問うと、相手は済ました(というよりはいつも通りの)顔で答えた。
「なにって、そのままだぞ。コイツ彼女持ちだからな」
「・・・?かのじょ・・・って・・・、ええっ、そうだったんですかディーノさん!」
「ゲホ・・・は、反則だぞリボーン、いきなりの名前出すなんて・・・」
うっすらと涙目になりつつも咳を押さえ込んだディーノは、綱吉に「ありがとうな」と笑顔をみせたあと、同じようにリボーンをにらんだ。生徒ふたりから反感の目をむけられても全くものともしない彼は、一足先に午後のティータイムを楽しんでいる。この飄々とした態度ハラたつな〜!と内心の思いそのままに口の端を引きつらせる綱吉の傍らで、リボーンがびしりとディーノに指を突きつけた。
「つーかお前もお前だ。もうと付き合ってだいぶ経つだろ、なのにその初恋中学生な反応やめろ。うぜーぞ」
「う、うざいってなんだよ」
「あっと、あのー・・・、さん?が、ディーノさんの彼女なんですか?」
リボーンとディーノの言い合い(ほぼ一方的)に口を挟みたくはないが、気にかかるのも確かなので綱吉はおずおずと口を開いた。こちらを振り返ったディーノがぱちぱちと数回瞬きをして、耳元をうっすらと染める。「え、あ、ま、まあ、うん、そんな感じ、だな、まあ、うん」と口の中だけでもごもごとつぶやくディーノは確かにリボーンの言うとおり、初恋中学生にみえた。その態度に関しては意外だというほかないが、とにかくこの新情報に素直に驚きをしめす綱吉にリボーンが口を開く。
「けどな、かなり長いことコイツの片想いだったんだぞ」
「そ、んなことまで言うか・・・!」
「本当のことじゃねーか。しかも一度こっぴどくフられてんだ」
「げふん!」
「えっ、そうなんですか!」
今度はディーノの身を案じることも忘れて、目をまるくして驚いた。兄貴分にあたる青年は顔を真っ赤にして何度も何度も咳き込みながら、ようやくわずかに顔をあげる。
「ほ、ほんとだけど・・・。でもあれは、なんていうか、いきなりだったからびっくりされたって、それだけだ、うん。・・・たぶん」
「いきなりって?」
「いや、ええと・・・い、いきなり、その、・・・好きだって、言ったから」
「あ、ああ・・・なるほど・・・」
綱吉がディーノと同じくらい顔を赤くするのをみて、「おまえら男のくせにその反応うざすぎるぞ」とリボーンがしれっと言ってのける。赤ん坊のくせに・・・。でもそういえば愛人がどうのこうのとか言ってたこともあったっけ、と、ふと綱吉は過去の話を思い出したりする。
耳まで赤くなって、冷や汗までかいているディーノは、なんとか話題を逸らそうとしているのかもしれない。けれどいじわるくにやにやしているリボーンがそう簡単に逃がしてくれるわけがないし、綱吉だって、同情しつつもやっぱり興味はあるのだ。ディーノさんごめんなさい、と心の中で謝る一方、身を乗り出して質問していた。
「でも、なんか不思議だな。びっくりしたにしても、ディーノさんがフられたことあるなんて。だってディーノさんてすごいかっこいいし、強いし、頼りになるし、絶対モテてそうなのに」
「それがそうでもねーんだ。ツナも知ってのとおり、昔は最強のへなちょこだったからな。コイツ女にいじめられて逃げ回ってたクチだぞ」
「ば、ばか!そんなわけあるか!あのときはいじめられて逃げてたんじゃなくて、女子たちがどうしても女装しろって聞かなかったから身を隠してただけで」
「それ逃げ回ってたって言うんだぞ」
なんだか他人事とは思えない。ディーノがときどき、自分のことを、昔の彼自身と似ているなんて言ってくれたりしてもあまり信じられなかったが、そういう意味ではほんのすこし、似ているのかも。それがいいことなのか悪いことなのかは微妙だが。
「そんでな、そーいう状況から助けてくれたのがその、ってわけだ。ほとんど一目惚れだぞコイツ」
「だーかーら!言うなって・・・!」
「へええ・・・。すごいですね、だって、諦めないでまた告白したってことですよね?」
「え、ああ、う、うん。や、その・・・ぜ、絶対あきらめられなかったんだ、やっぱり。・・・にも最初に、もうすこし考えさせて、って言われただけだったし。・・・べつにフられたんじゃないぞ、だからあれは」
「でも帰ってきて泣いてんだぞ」
「だあああかあああらあああ!」
その様子が容易に想像できる気がして、綱吉はディーノに見えないようにちいさく笑みを浮かべた。確かにリボーンの言うとおり、格好良いばかりじゃないかもしれない。けれど、自分の気持ちを隠すことなく、まっすぐ相手に伝えた彼には、素直に憧れる。自分も同じようにできたらいいのに、ため息をつきたくなるような気持ちの脳裏に、一人の少女の顔が浮かんできた。
「まあ、そういうわけだから、モテてたってことは全然ねーな。どっちかっていうとツナのほうがモテてるんじゃねーか?」
「えええっ、オ、オレ!?」
「え、なんだ、そーなのか?」
「そーだ。ツナのとりこになってる女がいるんだぞ。罪な男だ」
「ちょっ、どーいう言い方してんだよ!」
一瞬妙な期待をしてしまった自分がばかだった。今度は綱吉がリボーンに抗議する番で、その様子をディーノが楽しそうに眺めている。ディーノは無事に話題が自分から逸れてくれそうだということに安堵し、すこし意識をイタリアに置いてきたにとばした。日本に来ることになったとき、当然ディーノは彼女を誘ったのだが、旅行ならともかくとして、いちおうキャバッローネのボスとして行くのならば、自分は留守番していると断られてしまったのだ。しくじった。の性格を考えればそんなこと簡単に予測できたのに。けれど、「やっぱり旅行です」と言うわけにもいかず、ディーノはしぶしぶとの留守番を認めたのだった。お土産はなにがいいか散々聞き出して。普通逆じゃねーかとロマーリオが言っていたのは聞こえなかったふりをした。
そうだ、だから、が好きそうな雑貨を売っている店を見つけなければいけないのだ。お土産リストのなかに(無理やりリストになるように最低でも10点はリクエストさせた)、イタリアでは手に入らなさそうな小物、とある。正直漠然としていてよくわからないが、ようするにに似合いそうなものを選べばいいか。
おひさまみたいだね、その髪の毛。
初めて交わした言葉はそれだった。妙な要求をしてくる女子生徒たちをまくために木に登ったはいいが、降りるときに足を滑らせて、無様にも地面に落っこちた自分に、そう手を差しのべてくれたのだ。
そのとき確かに思ったのが、彼女のほうが太陽みたいなんじゃないかって。それは髪の色だったり、目の色だったり、ましてや服の色が太陽のようだったわけじゃなくて、たぶんその笑顔が、やんわりと自分を包み込んでくれている手のひらの体温が、そんな印象を与えたのだろう。
この子だ、とおもった。
生きていくのに太陽がかかせないように、自分がこれから生きていくその隣に必要な存在なのだと。だからこそ絶対にあきらめられなくて、めったに出せないような勇気もふりしぼった。今でも思い出すたびに恥ずかしくてどうにかなりそうだし、そのたびに実はにからかわれたりもしているのだけれど、それはそれでちょっと楽しいからまあ、いいか。
「・・・なにしてんのかな、、いまごろ」
思い出したら無性に会いたくなってきた。あとで電話してみよう。それとも朝したばっかりだから、怒られるだろうか。いいや、それでも。
「どっ、どう思いますディーノさん、リボーンのこのスパルタっぷり!おかしいですよね、あいだだだだ!痛いって!」
「先生に逆らった罰だ。おいディーノ、おまえもニヤニヤしてないで弟分になんか言ってやれ」
「えっ、て、に、にやにやしてたか、俺?」
「どーせとやらしいことしたいとか考えてんだろ。イヤー、ケダモノ〜〜〜」
「そのテンションやめろ腹立つから!」
のために最高のお土産を見つけてやろう。きっとまたあの太陽みたいな笑顔で、ありがとうって言ってくれるはずだから。
黄*
――――――――――
(2007.8.11)