どうしても寝付けなかった。昼間に休憩という名のサボりをしすぎたせいなのだろうか、外から聞こえる虫の音はそれなりに心地よかったけれどそれだけではどうしようもなくて、土方の死体を何百体と数えたところでまったく眠気がやってこない。無意味に寝返りをくりかえしてもみたが、最終的にはあきらめ、布団から起き上がると水でも飲もうかと台所へと向かった。
「お?」
「ぎゃあっ!え、な、わ、なんだ、沖田隊長」
暑すぎず、かといって涼しくはない廊下を進んでいき、向かう先の台所から明かりが漏れているのを不思議に思い気配を殺して覗いてみると、見慣れた部下の姿があった。淡い色の寝巻きを着てこちらに背中を向けていたは、なぜかその両腕でしっかりと枕を抱え込んでいる。沖田と目が合うと、ほっとしたように肩の力を抜いた。
「なにしてんでさァ、こんな時間に」
「眠れないので、お水、もらおうかと。そういう隊長こそ」
「ま、俺も似たようなもんか」
言いながらの隣にならんで、適当な湯のみをひとつ選ぶと蛇口をきゅっとひねる。透き通った水がまっすぐに入っていくのを重みで感じ取りながらふと目をやると、洗いかごにが使ったらしい湯のみがひとつ置いてあった。その部下は沖田の言葉にこそりと笑っている。
「にやにやすんな気色悪ィ」
「ひどい・・・。だって隊長、昼間あんなに寝てるから今眠れないんですよ、きっと。今日何時間寝ました?」
「いっぱい」
蛇口を閉めて水を飲んだ。低温のそれが喉から身体全体にいきわたる感覚で、単純だけれどこれでもう眠れるんじゃないかと思った。けれどこんな夜中に台所でと二人きりという状況がめずらしくて、ただ終わらせるには惜しくて、湯飲みを持ったまま隣の彼女に話しかけた。
「そういうお前はどうなんでさァ」
「え?なにがですか」
「べつに昼寝してるわけでもあるめえし。それともいつも寝付きが悪ィとか?」
「まさか、そんなわけないです。仕事で疲れてるときなんて、布団に入った瞬間に寝ちゃいますよ」
「じゃあなんで?」
「・・・・・・」
ぎゅ、と、枕を抱きしめる腕に力がこもったようだ。それを横目でみとめ、ああもしかして、と思う。部屋を出るときに見てきた時間から推測しても、おそらくは間違いないだろう。沖田は思わずにやりとして、それを見てしまったがおびえたように身を引いた。
「よォ、お前アレだろ。テレビ観てたんだろ」
「! な、ま、まあ、テレビくらい、観ますけど?」
「なんか今日さあ、映画やってたよなァ。俺ァ興味なかったけど山崎が言ってたぜィ。何年か前のすげえよく出来たホラー映画を今夜やるんだけど仕事が入ってるから録画しとくんだとかなんとか」
「・・・・・・」
「観たんだろ」
「・・・み、みました」
「そんで怖くなって眠れねェわけだ」
「・・・・・・・うう」
観念したかのようにうなだれたはこれでもかというくらいに枕をしめつけ、突如がばりと顔を上げた。だって、と息を吸い込みそのまま一気にまくしたてるように話す。
「おもしろいって聞いたから!山崎さんが悪いんです!ドアの隙間から目玉が覗いてるんですよ・・・!?」
「あそう」
「軽いっ!軽いです隊長!隊長は見てないからそんなふうに言えるんだ、ほんとに怖かったんですから!」
「だったら途中でやめりゃよかったじゃねえか」
「だ・・・て、なんか、途中でやめるのって悔しいじゃないですか。・・・続きも気になるし・・・」
「ばかですかィ。そんで眠れなくなってりゃ世話ねえや。枕なんか持ち歩きやがって」
「これは武器です!水が飲みたかったんですけど、前にあったじゃないですか、妖怪騒ぎ。だから丸腰じゃ危険かと思いまして」
「刀どうした刀」
「なに言ってるんですか、幽霊に刀なんかききませんよ!霊魂ですよ!?」
「枕のが使えねえだろ確実に」
恐怖で判断力でもにぶっているのだろうか、普段はそれなりに優秀なはずの部下は暗がりのなかでもわかるくらいに顔色を悪くして、ぶるりとひとつ震えた。そのあからさまな怖がり方を目にすることもあまりない。持っていた湯のみを洗いかごの中に片付け「、」と呼んだ。
「・・・はい」
「お前、そんなんじゃ水飲んだところで意味ねェだろ。大体ひとりで部屋に戻れるんですかィ?」
「だ、だ、だ、大丈夫です。そんなに子どもじゃありませ、」
「あ、うしろに女」
「ぎゃああああああああああああああああ!」
沖田の言葉に大声を上げるとはそのまま目の前の上司にだきついた。予想以上の反応に沖田が呆気にとられて数秒、そろりと顔を上げたは目を丸くしている沖田を見上げ、背後におそるおそる目をやり、そこになにもいないのを確かめるともう一度沖田に向き直って「・・・騙しましたね」とつぶやくように言った。
「ああ、まあ。そんなに驚くとは思わなかったもんで」
「隊長といるほうが危険な気がしてきました、おやすみなさい!」
沖田にしがみついていた腕をぐいと伸ばして距離をとるの、その腕をしかし沖田が引きよせた。驚きにぱっと顔を上げるにまたにこりと(から見れば、にやり、と)笑ってみせ。
「じゃあ騙したお詫びってことで、俺が一緒に寝てやりまさァ」
「・・・・・・は、い?」
はじめこそきょとんとしていたものの、すぐに沖田の言わんとすることを理解したのか顔を真っ赤にして慌てだした。「なっ、なに、なにいって、なに言ってるんですか!?」枕を盾にあくまで沖田と距離をとろうとするに「べつに取って食やしねェよ」と誤解だけはとき、
「いいじゃねェか、たまには寝つきの悪ィ上司につきあってくれたって。話してりゃ案外さっさと寝ちまうかもしれねえですぜ」
「・・・・ぜ、ったい、ヘンなことしませんか?」
「がそんなにお望みってんなら、」
「望んでませんよ!」
ミッドナイトブルーの目隠し
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(2008.6.5)