いつも共に昼食をとるシャーリーが今日は部活の集まりだというので、は久々にひとりで屋上へと向かうことにした。学園の建物は大きく、ゆえに屋上もかなりの広さがある。昼休みに屋上を利用する生徒はそれなりにいたが、場所によっては特に誰も来ないところもあるので、ひとりで食べていてもそれほど寂しくはないのだった。
 小さなバッグにランチボックスだけを入れて教室を出ると、のんびり校舎を移動した。特別教室の多く入っているあたりの屋上は大抵、人がいない。広々とした屋上を独り占めできることを考えるとなんだかわくわくしてきたけれど、校舎同士をつなぐ渡り廊下に差し掛かったところで背後からかけられた不意打ちの声に、思わずびくりと反応してしまった。

「あれ、センパイ?どうしたんですか、こんなところで」

 もうすでに人もまばらな場所なので、その声はじゃまされることなくよく通る。よって聞こえなかったふりはできず、はゆっくりと振り返った。

「あ・・・と、ヴァ」
「ヴァインベルグ卿、はやめてくださいね。何度も言うけど、今の俺はアッシュフォード学園の生徒で、センパイの後輩なんだから。ジノですよ、ほら、もう一回」
「・・・ジノ・・・さん」
「もお、ったらカワイイんだから」

 呼び捨ててくれてかまわないのに。そう笑顔を向けてくる彼のそれはもちろん本心なのだろうが、それではお言葉に甘えて、というわけにもいかない。時期外れの転入生として突如アッシュフォード学園の生徒となり、なんの因果かも所属する生徒会に入ったジノ・ヴァインベルグは、ブリタニアでも有数の上流貴族ヴァインベルグ家のご子息であり、そればかりか皇帝陛下直属の騎士であるナイトオブラウンズまで務めている、本来ならば一般庶民のがこうして気楽に話のできる相手などでは決してないのだ。いくら気さくに話しかけられても、同じように返すことなんて恐れ多くて出来やしない。

「っと、そうじゃなくて。どこか行くところですか?向こうは確か、特別教室しかないんですよね?」
「あ、ええと、屋、・・・。・・・ジノさんは、どうしてここに?」

 屋上に、と言いかけたが口を閉じた。ひとりで昼食をとりにいくなんて、人に言うのはちょっと恥ずかしくはないか。おまけに相手はジノ・ヴァインベルグ、そんな感覚、絶対に理解できないに違いない。と、思う。

「俺は美術室に忘れ物を取りに。俺、全然ダメなんですよ、美術。音楽なら母にやらされてたんで、すこしは自信あるんだけど・・・それで今日も途中でワケわかんなくなって、チャイムが鳴った途端に教室飛び出しちゃったんですよね。そしたら見事にテキストとか、道具一式忘れてきちゃった」

 ははは、とあまりに屈託なく笑うから、つられてもすこし笑ったが、慌てて口元を引き締めた。笑みを見られまいと俯いていたので、ジノがの表情の変化を見ていて、彼もちいさく微笑んだことには気が付かず。気持ちを落ち着けてから、顔を上げてジノを見た。

「え、・・・と、ならこれから美術室なんですよね。じゃましてごめんなさい、それじゃあ」
「えっ、ちょ、ちょっと待って。手に持ってるの、ランチだろ?これから食べるの?ひとりで?」

 これ以上ジノと一緒にいるともっと失礼なことをしてしまいそうなので早々に立ち去ろうとするを、ジノが慌てたように引き止める。驚きのあまり、先ほど答えずにいたこともぽろっとこぼしてしまった。

「いやあの、いつもならシャーリーと一緒なんですけど、今日は部活があって、それでひとりで・・・でもたまにはひとりもいいかなって屋上に行こうと思って・・・ええと・・・だから気にしないでください」
「そんなワケにはいきませんよ。忘れ物は後だっていいんだ、午後の授業が始まる前までに取りに行ければ。それより俺もこれから昼食にしようと思っていたから、センパイがかまわないなら、せっかく会ったんだしご一緒したい。・・・ダメ?」
「ダメ、て、・・・でも・・・」

 言いながら首をかしげるジノが、なんだかかわいく見える。そう思ってしまうのにまた、そんな失礼なこと、と自分を叱りつつ「でも」とか「ええと」とか「わたしはひとりでも別に」などとぶつぶつ独り言のようにつぶやいていると、背の高いジノがすこし腰を屈めるようにして、顔を覗き込んできた。

「それに、センパイひとりになんかしておけませんよ。何かあったら俺が後悔する」

 ね、いいでしょ。にこりと笑われて、もうなずくしかなかった。







「あ、!お昼、ごめんね?一緒に食べられなくって」

 生徒会室に入ってきたシャーリーは開口一番にそう言った。ドアのほうを向いて座っていたも顔を上げたが、それよりも早く、彼女の正面の席についているミレイが振り返った。その顔はこれ以上ないくらいに笑みを浮かべている。

「ちょっと聞いてよシャーリー!この子ったらお昼、ジノと一緒だったらしいわよお」
「ええっ!?うそうそ!どうしたのその展開っ」

 ミレイの言葉に瞬時に食いついたシャーリーが、の隣の席を陣取る。会長の相手だけでも手一杯だったというのに、とはわずかに頭が痛くなった。

「どうしたのって、会長も何度も言いますけど、屋上に行く途中でたまたま会って、その流れで一緒に食べただけ」
「でも昼休みにずっと一緒だったってことでしょ?やだあ!どんな話したの?」
「どんな、て言われても・・・普通に、学校のこととかスザク君のことに・・・ちょっと皇族の方のお話も聞けたけど・・・」
「それだけってことはないでしょ?健全な男子高校生と女子高校生が二人っきりで青空の下、もっと青春っぽい会話のひとつやふたつ」
「会長っ!ヘンな言い方しないでください!」

 真っ赤になって立ち上がるをまあまあとなだめてから、でもね、とシャーリーが真剣な表情で口を開いた。

「まじめな話、ジノ君とちゃんと向き合ってあげなくちゃ。そりゃあ、向こうの立場もアレだし、気後れするのも分かるけど」
「向き合うって?」
「ほらあ、がそんなだからいつまで経っても進展しないんじゃない。あんな人、なかなかいないよ?かっこよくて背も高くて、紳士的だけどちょっぴり強引、強いからちゃんと守ってくれて、おまけにエリート街道まっしぐら!」
「ホントよね。実際モテてるし。フェミニストだからある程度女子みんなには優しいとこあるけど、でもやっぱりのこと一番気にしてるかな。放課後、家まで送ってくれたりもするんでしょ?」
「そ、」
「そうなんですよぉ!しかものカバン持ってあげちゃったりして!」
「そうそう。に頼んだ仕事もいつの間にかジノが引き受けてるしね」
「進んで働きますよね。の仕事が終わるの、いつまでも待ってたり。こう言ったら失礼だけど、ときどきジノ君、犬みたい」
「言えてる!」

 あははは、心底愉快そうにミレイが笑い、それにあわせてシャーリーも笑う。二人が盛り上がっているすぐ側では少し居心地が悪かった。そういう話題は本人のいないところでしてほしい。けれどはその場にいてしまっているわけで、ミレイがぱっとこちらを向くのに冷や汗が背を伝った。

「嬉しいでしょう?そういうふうに、ジノに大切にされるの。すくなくとも悪い気はしないわよね」
「えええ・・・いえ、わたしは・・・その」
「もお、はっきり言っちゃいなよ、。どうなの?」

 ひじでの体をつつくように、シャーリーもからかい混じりにそう言うので、は彼女らの顔を見ないようにぽつりと言った。どうしてこんな、尋問みたいなこと。答えてしまう自分も自分だけれど。

「・・・ちょっと、困る」
「えっ」

 の口調の深刻さに、ミレイとシャーリーがそろって目を丸くする。思わず顔を見合わせていると、がもう一度口を開いた。

「・・・・・・好きに、なっちゃいそうだから」

 そうつぶやいたの顔がみるみると赤くなっていくのに、女子二人はぽかんとしてから、それは良い笑顔を浮かべるのだった。





しあわせを夢見る光に






「すいません遅くなっちゃって、てあ、!わーいセンパイ、」
「ジノ!遅い!何やってたの!」
「え、や、終礼が長引いて」
「もおおお、もっと早く来てればすっごい、すっごいイイコト聞けたのに!会長っ、あたしもう言っちゃってもいいですか!」
「よっしゃ、許可す、」
「しないでください!」






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(2008.10.29)