※三角関係には違いないのですが、スザク気味かもです。
ギン、と激しく金属のぶつかり合う音が響いた。
トリスタンの振り下ろしたサーベルはランスロットのシールドをはじき、彼らの模擬戦を見ていた観衆からどよめきの声があがる。勝った、とジノは思った。わずかにバランスを崩したランスロットの隙を見逃さず、勢いそのままにサーベルを突き出した。
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スザクほど分かりやすい男もいないだろうと常々ジノは思っていた。その頭は複雑に考えることをせず、いつだって実にまっすぐだ。喜びも怒りも悲しみも、ぜんぶ表情に出してしまう。本人がその自覚を持っているのかは知らないが、すくなくともジノは心得ており、そしてそんなスザクが時折自分に向ける視線を、正直いたく気に入っていた。
「なあスザク、このあとと食事の約束をしてるんだけど、時間があるならお前も来ないか?」
の話を持ちかけたときの、スザクの視線。すこし眉を上げて、瞳が大きくなって、でもすぐにそれを元に戻す。
「そういう・・・約束、するんだ、と」
「まあな。それなりに付き合いも長いし。そうだ聞いてくれよ、この間も・・・」
彼女の話をするあいだに、スザクの表情がどれだけ変化するか。きっと彼自身は気づいてなんかいないのだろう。微笑んでいるようで、瞳の奥にぞっとするほどの冷たさを秘めたり、激しくうずまいているであろう嫉妬の心を隠しきれていなくて、そのくせときどき、愛おしそうにその瞳を細める。
(ようするに好きなのか、が)
そのことに気が付いたとき、率直な気持ちとして、ジノは嬉しかった。実を言えば彼自身、を好いている。を好きになるなんて、スザクも女性を見る目があるな、だとか、自分のことみたいに誇らしくて、スザクが彼女のどこに惹かれたのかを聞いてみたかった。たとえば自分はあの、吸い込まれそうな瞳に、ころころとよく動く表情、任務のときはきりりと引き締まる口元が、終わればやわらかく微笑むのも好きだ。ジノ、とつむぐ唇に吸い付けばどんな味がするのかも知りたいし、自分よりもずっと小さい体の温度も確かめたい。のことなら何でも知りたくて、そんな気持ちはきっとスザクと同じだろうから、それを二人で共有してみたいのだ。
(うーん、だけどスザクは)
ジノもを想っていることを知らない。だからどうやって持ちかけたらいいのか分からなかった。
それにジノは、彼がなにも知らないのを良いことに、わざとの話をふったり、と二人きりで話したり、スザクとが話しているところに割り込んだりと好き勝手に振るまっている。そのたびにスザクがほんの一瞬鋭い視線を向けてきて、かと思えばなにも気にしていないかのようにそ知らぬ顔をするのがジノにはひどくおもしろくて、ついついいじめてしまうのだ。
けれどもしもこれから先、自分もを好きなんだとスザクに言ったとしたら、一体どんな顔をするだろう。なんて返してくるだろう。非常に興味があるが、それでも今はまだスザクをからかって観察するのが楽しいので、この状況を維持していくつもりだった。それにも、自分とスザクと、分け隔てなく接してくる。どちらかがリードしているだとか、そういうわけでもないから、まだまだこのままで。仕掛けるのはまだ、もうすこし先でもいい。
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「・・・、」
デヴァイサースーツから着替えて控え室に入ると、先に着替え終えて出て行ったはずのスザクの姿はなかった。代わりにそこにいたのはで、ジノの声を耳にするとすぐに振り返り笑顔をみせる。
「お疲れさま!惜しかったね、今日はジノの勝ちかと思ったけど」
そうは慰めてくるけれど、誰のせいだ、と思う。
あのとき、ランスロットのシールドをはじきとばしたあのとき、あと一歩で勝てるはずだったのだ。けれどトリスタンの高性能なマイクはギャラリーのどよめきをきちんと拾い上げ、そしてその中の彼女の声をジノが聞き逃すわけもなかった。
「、どうして」
「え?」
「どうしてあのとき、スザク、って言った?」
もう一度が、え?と首をかしげた。その様子をジノは眉を寄せて見つめる。
いつもならばあんな場面で、はどちらか一方を応援したりはしなかった。二人ともがんばれ、どっちもがんばれ、それがお決まりののセリフで、けれど単純な自分達はそれで簡単にやる気を出していたわけだけれど。
さっきは違った。ジノが勝つだろうとまさにそのとき、拾い上げたの声は間違いなく「スザク、」と言った。それだけだった。けれどそれだけでジノの思考は一瞬本当に真っ白になって、次の瞬間、形成はあっさりと逆転していたのだ。気づけばモニタいっぱいにランスロットの突き出したサーベルが迫っていて、わあ、とギャラリーからは勝負がついたことへの歓声が上がった。もうの声は聞こえなかった。
「わたし、言った?スザクって?」
「・・・無意識?」
「え・・・や、ううん、ごめんなさい、憶えてない。というか、聞き間違いじゃなくて?だってそんな、聞こえないでしょ?」
ああ、はなんにも分かっちゃいない。聞き逃してしまうはずがないのだ、自分がその声を。そしておそらくは自分も、なにひとつ、分かっていなかったのかもしれない。
全部自分ひとりが把握している気になって、自分が動き出さない限りはなにも変わらないだろうと思っていた。けれどそんなこと、あるわけがなかったのだ。たとえジノの気持ちをスザクが知らなくたってにはなんの関係もなくて、いつしかその瞳はスザクを映すようになって、彼ひとりを応援するようになって、いつの間にか蚊帳の外なのは自分だった。
「ジノ?」
黙りこくったジノを気遣うように彼女の口から名前を呼ばれても、なんにも思えなかった。きっと今の自分はスザクみたいに、分かりやすい顔をしてしまっているのだろう。もうスザクの嫉妬なんて笑えないな。
たぶん一番読み違えていたのは、ここまで激しかった自分の気持ちだ。
はじまりもおわりもだれもしらない
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(2008.10.27)