そろそろ部活も始まろうというころ、沖田がきょろきょろしながら道場に入ってきた。土方と練習メニューの確認をしていた近藤がいちはやく彼に気づき、どうした総悟、と声をかける。土方もわずかに顔を向けた。

「珍しいじゃないか、お前が部活前にちゃんと顔を出すなんて」
「あー・・・。近藤さん、はにー知りやせんか」
「? はにい?」

 沖田の口から発せられた単語に首をひねる。その間も沖田は周囲に視線を走らせていた。

「ええと・・・お前の竹刀なら部室にちゃんと」
「なに言ってんですかィ、はにーっつったら俺のハニーのことに決まってらァ。でさァ、
「ああ、な!」

 ぽんと近藤は手を叩いて納得したように頷いたが、隣に立つ土方はしぶい顔で呆れながら息をつき、ぐいと親指で後方の部屋を示した。それにあわせて沖田の瞳がドアの前で止まる。

「とっくに来て着替えてる。同じクラスのはもう来てるってのに、なんでお前はこんなに遅せェんだよ」
「・・・うるっせェなァ土方は。つーかなんでアイツの行動把握してんでさァ、まさか着替え覗いたりなんかしてねえだろうな」
「毎回きちんと部活に顔出してりゃ、がまずあの部屋で着替えることくらい誰でも知ってる。知らねェのはお前くらいだ」
「あんだと土方てめぇコノヤロ」
「おいおいちょっとっ、部活前なんだからケンカすんなってなぁ、トシっ!総悟も!」

 後輩たちの視線を気にしながら近藤がなんとかいさめようとするが、彼の言うことを素直に聞くような二人でもない。そもそもコイツらにはもっと部長を敬う気持ちが必要なのではなかろうか?何を言ったって聞きゃしないし、そのくせ都合の悪いときは部長責任だとかいって押し付けるし、周りには部長がなんとかしてください的な視線をむけられるし。
 だけどそうではないのだ。非常に残念なことではあるが、彼ら、特に沖田に関しては、もはや近藤がなんとかできるレベルでもない。沖田をなだめられるのは彼の自慢の姉か、今は奥の部屋にいる彼女くらいなもので。

「あんまり気ィ抜いてっと、次の団体戦のメンバーから外すぞ」
「別に俺は構いやせんぜ。むしろ誰かさんにうるさく言われることもなくなるから、ありがたいくらいでさァ」
「そうか。じゃあさっさと帰れ。はマネージャーだから試合まできっちり練習に付き合ってもらうがな」
「・・・そんなに殺してほしいんですかィ土方さん」

 どうやら今日はどちらも虫の居所が悪いらしく、このままだと言い争いでは済まなくなりそうだ。沖田の目に本気で怒りの色が浮かぶのに慌てたのは当然土方ではなく、傍らで成り行きを見守っている近藤だった。

「ちょっ、総悟やめなさい、おい誰だ竹刀持たせたの!あああ、も、もう、っ!早く出てきてちょっとコレ、俺にはどうしようも・・・」
「呼びましたか?近藤さん」

 いたたまれなくなった近藤が奥のドアにすがりにいくのと同時にがちゃりと鍵を開ける音がして、部屋からジャージに着替えたが顔を出した。近藤が安堵にぱっと顔を明るくして「、」と呼びかけ肩に手を置くよりも速く、後方にいたはずの沖田がのすぐ隣まで駆け寄ってその手をとっている。あまりのすばやさに、沖田と対峙していたはずの土方は一人で竹刀を構えて突っ立っているという、いささか恥ずかしい姿になってしまった。

・・・なんで先行っちまったんですかィ、俺ずっと探してたのに」

 先ほどまで殺気さえ出しながら土方を睨みつけていたのと同一人物とは思えないほどのしおらしさに、近藤はやれやれと苦笑する。の両手を取りながらの拗ねたような物言いというかわいらしい態度は、彼女の前でだけみせる表情だった。そしてそんな表情を向けられたはわずかに眉を寄せながら、困ったように首を傾ける。

「先生に確認したいことがあるから、職員室に行ってるねって、わたし言ったよ。戻ってきたら教室にいなかったの、総ちゃんじゃない」
「・・・言ってない」
「聞いてない、の。そうだ近藤さん、わたしのこと呼びましたよね?なんですか?」

 沖田の肩越しにの顔が覗いて、近藤は「いやいや」と笑った。もはや問題はすっかり解決している。

「まあちょっと、な。よし総悟、も出てきたことだしお前も早く着替えて来い」
「ほんとだ、総ちゃんまだ制服のままなの?早くしないと練習始まっちゃうよ」
「・・・・・・」

 近藤の言葉にがホラ、とうながしたが、ぶすりとした沖田はの手をにぎったままで動かない。その目がじろと睨んだのは八つ当たり気味に後輩に鋭い眼光を向けている土方だった。

「総ちゃん?」
「土方さんが俺のこと試合の面子から外すってんでさァ。だから練習なんか出る必要ねえんだ」
「ええっ、そうなんですか土方さん!?」

 瞬時に青くなって副部長へ詰め寄ったマネージャーに、相手は目を細め見返してきた。その表情にひるむ後輩も多いが、昔から土方や近藤たちと親しくしてきたなので、そんなものはものともしない。土方はに目を合わせながら顎で沖田を指した。

「あんまり気ィ抜いてたらの話だ。ろくに練習に出ないのに団体戦のメンバーもクソもないだろ」
「そ、それは・・・。総ちゃん、練習出るもんね?土方さん、今日はちゃんと出ますから、」
「別に俺ァ試合に出たいとか思ってないし。だから、さっさと帰ろうぜィ」
「だめだよ総ちゃん!」

 の手を引いたまま本当に道場を出ようとする沖田をあわてて引き止め、その前に回りこむ。相変わらず不機嫌まるだしに口を尖らせる彼の顔を覗き込んで、眉を寄せながら言った。

「わたし、試合に出てる総ちゃん、好きなのに」
「・・・好き?」
「うん。だってカッコイイ。いつもカッコイイけど、試合のときはもっとカッコイイもん。だから出てほしいよ」

 ね、とが笑顔をみせ、沖田の耳がわずかに赤くなるのが後方にいる近藤からも見えた。思わずふき出しそうになったけれど、くるりと沖田がこちらを振り返るのにとっさに無表情を装う。がいると沖田の機嫌はころころと変わるので、これくらい出来なくては身が持たないのだ。

「近藤さん。練習出やす」
「あそ、そ、そうかそうか!うん、出なさい総悟。じゃあほら、着替えて来い」
「へーい。、行こうぜィ」
「わたしも?」
「うん」

 言いながらの手をぐいと引いて部室に行くべく姿を消した沖田たちを見送り、近藤はつめていた息を大きく吐き出した。黙って事の成り行きを見ていた土方も側に来るとため息をつく。

「ったく、毎回毎回アレだよ。いい加減成長して欲しいんだがな」
「まあ、そういうなよ。あれで総悟も試合前のやる気を充電してるって感じだしな。よっぽど嬉しいんだろ、にほめられるのが」

 かわいいじゃないか、と自分も嬉しそうに近藤が言った。幼いころからの沖田を知っている彼にとって、沖田は実の弟のようであり、その彼がの前では昔に戻ったように幼くみえるのが近藤にはたまらなくかわいいのだ。たとえ時々本気で恐ろしくとも。
 傍らで土方が舌打ちした。

「だったらたまにはアンタがやれよ。そのたびに悪役になる俺の身にもなれ」
「えええええー?嫌だよ俺、総悟にニラまれるの。ていうか毎回なんでお前もああケンカ腰なんだよ、もっとソフトにやってくれ」
「だからアンタがやればいいだろ!」






くるくる包まって閉じこめて







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(2008.10.17)