「・・・なんだよティム」
先ほどから相棒である金のゴーレムが、自分の周りをふらふらと飛び回っている。ちらちらと顔をこちらに向けて、もし彼(彼女?)に表情があるのなら、これみよがしにウインクでもしている感じだろうか。かまってかまってなオーラをこれでもかというくらいに出しているティムキャンピーに根負けして、アレンは食事の手を休めた。本日三度目のティータイムはジェリーお手製の和三盆を使ったパウンドケーキにホイップクリームをたっぷり添えて、飴色の紅茶と一緒にいただいている。時間外れのお茶会が開かれている食堂にいるのは今のところ彼だけだった。
アレンの呼びかけにティムキャンピーはテーブルの上にちょんと止まり、尾っぽを嬉しげに振っている。紅茶を一口飲み込んだ。
「今日はのところに行かないのか?いつもなら、・・・あ、そうか、出かけてるんだっけ」
ここ最近ティムキャンピーがひどく懐いているは、休暇を利用してリナリーと街に買い物に行っていた。休暇といったって教団の建物を一時的に出るを許可されただけで、団服のままだし、連れている無線ゴーレムに連絡が入ればすぐにでも現場に急行しなければならないというもので、休暇というよりは休憩と称したほうがふさわしい。
なんだか今日はやたらとティムが側にいるなあと思ったわけだ。本来ならばそれが当たり前なのだけれど、久しぶりなのでどこか違和感を感じるほどだった。
金色をしたパートナーが物欲しげにケーキの近くをうろうろとするので、少しだけ切り分けてやった。これくらいならあげてもいい。パウンドケーキはあと三本もあるのだ。
「ならもう帰ってくると思うよ、午後には戻るってコムイさんに言ってるのを聞いたから。ティムにはお土産でも買ってきてくれるんじゃない?」
ティムキャンピーの羽がぱたぱたと軽やかに動いた。喜んでいる。アレンはといえば、自分で言っておいてなんだが、なんだかちょっと悔しかったり。ふもとの街に出るだけなので、かわいがっているティムキャンピーにならばともかく、がわざわざ自分にまでなにか買ってくるとは思えないからだった。そんな些細なことでも、アレンの気分を沈めさせるには充分なのだ。
「・・・いいよな、ティムは。にあんなにめいっぱい、可愛がってもらえて」
誰もいないとはいえ、いないからこそ良く響いてしまう食堂という場を考慮し、声をひそめて目の前の相棒にだけ聞こえるように囁いた。別にティムキャンピーに接するのと同じようにに可愛がってもらいたいだとか、そんなことを希望しているわけではなくて、自ずとただそこにいるだけで彼女にかまってもらえるティムキャンピーが素直にうらやましいのだ。さすがに自分ととではそんなわけにもいかない。ため息をつきながらケーキを口に運んだ。
そんなアレンの様子にいくらか同情でもおぼえたのか、ゴーレムがテーブルから移動してぽすんと頭の上に乗ってきた。励まそうとしているのだと分かるとなんだか照れくさくて、ごまかすように紅茶を飲む。
「別にそんな、僕は落ち込んでるんじゃなく、て、?」
頭上からぼうっと光があふれて、目の前のテーブルに何かを映し出す。それがティムキャンピーの中にあるメモリー映像だということはすぐに分かったが、ピントがなかなか合わないので何の映像かまでは判断がつかない。
「どうしたの急に、メモリーなん・・・」
突如聞こえてくる水の音。映像がどこかもやがかかったようになっているのが湯気のせいだと気づけば、その端に映っている人影が誰のものなのかもすぐに分かってしまい。
「ティム!こっ、これお、おまっ、、の・・・っ」
どこか見慣れた造りは、アレン自身は入ったことのないものの、教団に備えられている女性用の大浴場。瞬時に思い出した。すこし前に、がティムキャンピーと一緒にお風呂に入ったこと。なぜかそのときのメモリーがその中に残っているらしいこと。この金色のゴーレムは今自分にそのときの映像を見せようとしているのだ!
「やめろって!なんで今映すんだよ!みっ、僕見ないってと約束したんだから・・・!」
ば、とその場から後ずさり、とっさにテーブルの下に潜り込んだ。頭を抱え込むようにして「見ない見ないぞ僕はそんなもの絶対なにがなんでも見ないからなだって僕は紳士で、」念仏のように唱えながらも体は正直で、無意識のうちに耳はの声を捉えている。浴室に反響しわずかにエコーのかかったその声に水の音が混じると、否が応にも入浴中の彼女を想像してしまうではないか。どうしてくれる、神に誓ってそんなことはしないとに約束したのに。
「・・・でね、・・・が・・・のとき」
「ええ?・・・、ったら」
いつの間にかリナリーの声まで加わった。ますます顔を上げられない。さらに縮こまって、懇願するようにティムキャンピーに呼びかけた。
「頼むからティム、もうそれ、消して・・・っ」
「アレン?そこにいるの、アレンなの?」
「え?」
映像からではありえない問いかけが聞こえて、テーブルの下からそろりと顔を上げた。たくさんの荷物を抱えた、本物のとリナリーの姿があった。
「・・・あれ?」
「どうしたのアレン君、そんなところで・・・地震でもあったの?」
「え、あ、い、いいえ、はは、ちょっと、ええっと、落し物を。お帰りなさい、二人とも」
笑顔を向けながらちらりと視線だけでティムキャンピーを探すと、いつの間にやらちゃっかりとたちの周りを嬉しそうに飛んでいる。調子の良いヤツめ。わずかに睨みつけてやっていると、じいとがもの言いたげにテーブルの上を見つめているのに気づいた。
「アレン、このケーキ、全部ひとりで食べるの?」
「ああ、ええまあ、そうしようかなって。も食べます?」
「うーん、おいしそうだけど・・・」
そこで言葉を切って隣に立つリナリーを見るので、アレンもつられて彼女を見た。の親友でありよき相談相手でもあるリナリーは笑みを浮かべてアレンに応える。
「最近出来たばかりのケーキ屋を見つけてね、、そこでひとつ買ってきたの。アレン君のために、ね?」
「えっ!」
目を丸くしてを見れば、相手は照れたようにうつむいた。片手に提げていた白い紙箱を持ち上げてみせる。
「なんとなく、あの、アレンが好きそうだなーって。でもその、そんなにケーキあるならいらないか、ジェリーのケーキのほうが絶対おいしいと思うし、」
「いえ、食べます!今!だからも一緒に食べませんか、お茶もあるし、もちろんリナリーも」
一気にまくしたてるようにすると、は驚いたように数回瞬きした。リナリーはなにかを心得ているようで、「、そうしましょう」と彼女を促す。二人が席に着いたのを受けて、ティーカップたちを増やすべく厨房へと向かった。心はあっという間に浮き立って先ほどまで沈んでいたことが嘘のようだが、それでも自分は紳士なので、後ろをついてきたティムキャンピーに釘を刺すのは忘れない。
「もう二度とあのメモリーは見せるなよ、ティム」
飛び立つように舞い上がる
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(2008.10.5)