「せーつーなー。部活行こ!」

 放課後になったばかりのざわついたクラスにの声はよく通った。刹那の席に走り寄ってくるや否や、彼の鞄をさっさと持って教室を出ようとする。「ああ」と返して立ち上がる刹那の後ろの席でネーナがを引き止めた。

「えー、まだあの部活続けてんのー?」
「もちろん!というか、やめたなんて一言も言ってないよ。あ、ネーナも入りたい?」
「無理。兄ィ兄ィズに怒られる。部員だって超少ないじゃん、部っていうか同好会でしょ?」
「違うよ!部だよ!ねえ刹那!」
「・・・多分」
「ほら!」

 今の刹那の返事は、そんなにを力強く頷かせるほどのものだったろうか。疑問に思うネーナだったが、それに関しての追及はせず、ひとつ肩をすくめるにとどめる。「なんでもいいや」と特に関心もなさそうにつぶやくと、傍らの鞄をつかんで立ち上がった。

「ま、文化祭も近いしね。がんばったら?文芸部サン」




青春の青に溶けたい感じ






 と刹那の所属する文芸部(同好会ではない!)は、北校舎の一番小さい部屋を部室としていた。他の部の部室と比べてあきらかに狭いそれは、文芸部がかなり小規模であることを如実に表している。現時点で部員はと刹那、そして先輩3人の計5人しかいない。部を維持できるぎりぎりの人数だった。

「お疲れさまでーす」
「お、来たな一年坊主」

 がドアを開けて部室に入ると、中央に据えられたテーブルの上でロックオンが漫画雑誌を読んでいた。彼はこの部の最年長で部長を務めている。副部長はロックオンの座っている反対側でパソコンに向かうアレルヤで、彼はモニタから軽く顔を上げるとと刹那に笑顔を向けた。

「お前らちゃんと次の構想練ってるか〜?そろそろ書き始めないと間に合わないぞ、特に

 雑誌から視線を逸らすことなくロックオンが言えば、刹那は自分も席に着きながら「ああ」とだけ返し、は頬をふくらませた。

「なんですか、名指しですか?そういう部長こそ、漫画ばっかり読んでるみたいに見えますけど」
「これはネタ探しの一環だ。何が役に立つか分からないだろ?」
「でもそれ少年誌ですよね?部長が書くのは女の子向けの青春ラブストーリーばっかりじゃないですか」
「だから、何が役に立つか分からないだろって言ってんの」

 ロックオンの言葉には首をかしげながらアレルヤの隣に座った。パソコンで作業を続ける彼がこちらを見るのにあわせて口を開く。

「部長の言うとおりってわけじゃないですけど、次の話をどうするか悩んでるのは本当なんです。アレルヤ先輩はもうそれ、書き始めてるんですか?」
「うん、まだ冒頭だけどね。僕、書くの遅いからさ、早めに始めないと間に合わないんだよ」

 言いながらアレルヤの指はテンポよく動いている。は思わずため息をもらした。

「やっぱり先輩はすごいですよ。先輩の書くミステリー小説、わたしもいっつも楽しみにしてますもん。わたし次どうしよう、わたしもミステリー書いてみようかなあ」
「それはこいつにしか無理だろ。アレルヤ次も期待してるぜ、うちの売り上げはお前の話でもってるようなもんなんだからな!」
「やめてください、そんな、プレッシャーかけるの」

 苦笑しながらパソコンから顔をあげ、アレルヤは大きく伸びをした。それから傍らでぶすりとするを見て、さらに困ったように笑う。

「本当に書きたいなら、僕も手伝うよ。こっちも作業しながらだから、付きっ切りは無理だけど・・・」
「ほんとですか!?・・・あ、でもなあ・・・先輩みたいに怖い場面を怖く書く自信がありません」
「それなら大丈夫。あれ、ハレルヤの実体験を参考にしてるから。話聞きに来る?」
「・・・・・・実体験?」
「言ったろう、アレルヤにしか無理だって」

 ロックオンがどこかしみじみと言ってくるのにちらと視線を投げてから、「もうちょっと他のも考えてみます」とだけアレルヤに言った。そう?、特別気にした様子のないアレルヤが鞄からペットボトルを取り出す傍ら、今度は反対側の刹那に目を向ける。

「刹那のもけっこう人気あるよね。マニアックだけど」
「そうか?」
「そうだよ。わたしには何が書いてあるかよく分からないけどね、ガンダムの歴史とか・・・」

 の同級生、刹那が主に執筆するのは、彼が非常に興味を持っている巨大メカについてだ。性能の特徴を事細かに記してみたり、何の系列だとか動力がどうとかここをこうしたのがこっちの機体に反映されてるだとか、にはさっぱり分からない。おそらくはのような反応が一般的だろうが、一部熱烈なファンから熱烈な支持を得ていた。

「あー、刹那のな。エーカー先生がファンなんだよ」
「えっ、グラハム先生がですか?」
「そうそう。こないだの部誌も発行したあと、わざわざ感想言いに来てさ。ああ、そのときお前ら居なかったのか。すごかったぜ?なんて言ってたっけ、アレルヤ、お前憶えてるか?」
「素晴らしい!私は個人的にガンダムを研究してきて長いが、前回の『俺がガンダムだ』に引き続き、彼の分析には目を見張るものがある!まずタイトルから予想を裏切るな、『俺はガンダムになれない』、まさかの逆説だ!パラドックス!これはガンダムを通しての社会への痛烈なアンチテーゼが昇華してその結果逆にテーゼになってしまったというべきだろうか!?どう思うかね諸君!」
「・・・そうなの、刹那?」
「さあ・・・」
「よく憶えてるな〜アレルヤ」

 普段から熱血体育教師のグラハムだが、まさかそこまで刹那信者だとは思わなかった。この場合ガンダム信者?まあいずれにせよ。

「そういう、ナントカ観察日記、みたいなのもひとつの手だよね。一部でも、熱烈な読者を惹きつけられれば良いんですよね?」
「まあ、なあ。当てがあるのか?」
「はい。刹那のはやっぱり男子の支持が高いと思うので、わたしは女子生徒狙いです。名づけてティエリア先輩観察にっ」
「俺が何か?」
「ぎょわっ!」

 が言い終わるか終わらないかのうちにドアを開ける音が響き、それと同時にティエリアが入ってきた。ティエリアはロックオンに向けて一言「遅れてすみません」とだけ言うと、さっさと自分の席に着く。ちらとに視線を向けた。

「今、俺の名前を出しただろう」
「いいえっ、まさか全然全くこれっぽっちもっ」
、どうせなら本人に許可を取ったほうが・・・」
「せつなっ!」

 ばしん、と隣の少年の口を勢いよくふさいで、あははははなんでもありません、と乾いた笑顔をティエリアに見せる。相手は明らかに顔をしかめて納得のいかない表情をしていたが、すぐに興味をなくした様子でパソコンを開いた。

「ティエリアは今回、何を書くんだい」
「前回の続きだ。地球環境に関連付けて温暖化問題にも触れつつ、最終的にヴェーダに繋げるつもりでいる」
「へえ、大変そうだね。頑張って」
「ああ」

 ティエリアとアレルヤの会話を横で聞きながら、は刹那に耳打ちした。

「意味わかる?」
「さあ」

 何を書けばいいのか悩む身の上とはいえ、部内で最も小難しい文章を書くティエリアの真似は、さすがにには出来ない。前回も前々回の作品も、初めの5行を読んだだけで投げ出してしまった。にはお手上げの文章だが、年配の教師陣や、成績優秀な一部の生徒たちにはなかなかの評判らしく、文芸部のレベルをそれなりに保てているのは彼のおかげかもしれなかった。

 ああでも本当にどうしよう。何を書いたらいいのかさっぱり分からない。特に女子生徒から人気があるさわやか青春小説はロックオン、一部の熱烈な読者の支持を集めるのが刹那のマニアックレポ、堅苦しいという表現がぴったりのきっちりした文章でティエリアが教師陣の評判を上げ、アレルヤの万人受けするミステリー小説でしめる。それが大体の部誌の流れのパターンで、の文章はその時々で適度な合間に入れてもらっていた。他の4人がジャンルをうまくカバーし合っているので、はなかなか自分のスタイルが決められないのだ。書くことは好きだが、執筆時期が近づくと毎回頭を悩ませることになってしまい、それはそれで気が重かった。

「・・・刹那ー、どうしたらいいと思う?わたし今回、なに書こうかな?」
の好きなものを書いたらいい。俺は好きだ、の文章」
「そうだよ。自由に書いたらいいんだから。僕のクラスにも、の作品が好きっていう子、いるよ?」
「刹那・・・アレルヤ先輩も・・・」
「そうだそうだ、そのことなんだけどな、

 ようやく漫画雑誌を閉じたロックオンがテーブルの向こうから身を乗り出してきて、3人がそちらを見る。ロックオンの隣のティエリアは特別関心がなさそうだった。

「お前、今回はいつも俺が書いてるみたいなのやれよ。それならお前に合ってそうだし、いけるだろ?」
「え、いいんですか?でもそうしたら部長は?」
「それがさ、俺、ちょっと違うもんに挑戦してみようかと思って。今までの俺たちにはなかったジャンルだ」
「なんですか?」

 興味津々の様子でロックオンを見つめるたち3人と、隣のティエリアがちらりと視線を投げたのを受けて、部長は勿体つけてから得意げに言い放った。

「官能小説」
「あ、あなたは何を考えてるんだ!廃部にしたいのか!」

 というわけで、の書きたいものは未だに決まりません。










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(2008.8.27)