「助かったよ、本当に。ありがとうな

 書類を胸の前で抱きかかえるようにしたジノが、感激に目を潤ませながら言った。大げさだなあ、と思いつつも悪い気はしないはそれに苦笑して「気にしないで」と手を振ってみせる。

「実際に記録をとってたのはロイドさんだし。でもよかった、まさかジノの報告書に役立つなんて思わなかった」
「私もだ!ああ、様様!なあ、スザクなんかのサポートはやめて、私のところに来ないか?」
「はいはい、気が向いたらね。早く提出しに行ったら?急いでたんじゃないの?」
「あ、そうだ!でもまさか間に合うなんて思わなかったよ、本当にもう大好きだっ、今度一緒にディナーにでも行こうな!」

 興奮のあまり抱きついてくるのに驚いたが、背中をぽんぽんと叩いてなだめ、廊下を駆けていくジノを手を振って見送った。報告書に必要なデータを取り忘れてたんだ!とひどく取り乱したジノに会ったのが数十分前、その戦闘なら確かロイドさんが実践データがほしいとかで潜り込んでたような、と思い出したは協力を申し出て、結果提出期限ぎりぎりに見事に完成したのだった。前回も似たような失敗をやらかしていたジノがどれほど安堵し喜んだかは言うまでもなく、そんなジノを助けられたこともは素直に嬉しかった。このときまでは。

 自分も仕事に戻ろうときびすを返したの視界に真っ先に映りこんだ人物の姿に一瞬、驚きで息がとまるかと思った。

「びっ・・・・・・くりした、スザク、いつからそこに?」

 いるのなら声でもかけてくれたらいいのに。胸をなでおろしながらそう言えば、うんごめん、と笑顔で返してくる。スザクはちらとの後方、ジノが去って行った方向に視線を投げたようだったが、それにつられて振り返るより先に「」と名前を呼んできた。

「ちょっと、時間いい?話があるんだ」
「え?ああ、うーん・・・。スザクが言うなら」

 肩書きとしてキャメロットに所属しているにとって、スザクが上司にあたる。その彼が言うのならば、サボりとは称されないだろう。

「なら、ここから近いし、僕の部屋で」
「うん」

 思えば、どうしてこのときもっと、考えなかったのかと。





 ナイトオブセブンであるスザクの部屋の造りはたちのそれよりも広く、そしてなにより備え付けられている調度品の良さが違う。特にベッドに関しては、色や模様こそないが他の部屋にある硬くて身体を痛めてしまいそうなベッドとは大きく異なり、寝心地は抜群だ。スザクの部屋に来ると、はついついデスク脇の椅子やソファではなく、ベッドに腰掛けてしまうのだった。

「それで、スザク、話って?」

 慣れたスザクの部屋ですっかり気を抜くのすぐ隣に同じように腰掛けると、スザクはにこりと笑った。それに反射的にも笑顔をみせたが、次の瞬間その笑顔が固まった。

「何を話してたの?」
「ん?」
「さっき、ジノと。何を話してたの」

 瞳を細め、笑みを深めるスザクだったが、には瞬時に理解できた。怒っている。笑顔も声音も普段とあまり変わらないようにもみえるが、なんといったらいいのか、とりまく空気がすっと冷たくなったのだ。絶対今、室内温度も下がった。背筋に緊張が走り、はごくりと喉を鳴らす。ひきつった笑顔で答えた。

「ジノ、ね、えと、報告書で困っててね、その、助けてあげたの」
が?」
「うん。あのー・・・ほら、この前参考にしたいからって、ロイドさんがテスト機を送り込んだことがあったじゃない?あのときの戦闘にジノ、出てたでしょ?それでちょうど手伝ってあげられて、」
「そしたらジノに好きだって言われたわけだ」
「う、」

 やっぱり聞いていたか。もしかしたらというわずかな望みは断ち切られ、背中を冷や汗がつたった。うつむかせていた視線をおそるおそる上げてスザクを見れば、ああこれがどす黒い笑みってやつか、というものがそこにある。

「報告書を手伝ってあげたらジノは喜んで、大好きだって言って、抱きしめて、食事にまで誘ってきたんだね?はは、すごい喜びようじゃないか」

 声は笑っているのに、表情も笑顔なのに、明らかに笑っていない。の背中を冷や汗がつたい、顔からは血の気が引いた。それでもなんとか乾いた笑顔をみせながら言う。

「そ、そうなの、ジノったら大げさでしょ!そんな、報告書手伝ったくらいでね?」
「食事に誘ったり」
「あああ、あれは、あれよ、社交辞令!ジノなりの感謝の気持ちの表し方、ていうか」
「僕はそれで抱きついたりしないよ」
「だからホントにジノの感謝の気持ちでそれ以上の意味は絶対、」


 低めの声で名前を呼ばれての肩がびくりと震えた。とうとう眉尻は下がって困ったようにスザクを見上げる。スザクはわずかに笑顔を浮かべたまま、片手をベッドにつき、もう片方の手での頬をなぜた。

「廊下の向こうから声が聞こえて、ああがいるんだなって期待して行ったのに、そしたらジノにいいようにされてるんだよ。どれだけショックだったか分かる?」
「いいように、て・・・」
「分かる?」
「はい」

 こくりと頷けばスザクはいくらか満足したようだったが、の頬に触れた手を下ろすわけではなく、むしろどんどん近づいてきているような気がする。顔をそらそうとしてもスザクの手で阻まれてしまう。

「ならジノのこと突き飛ばしてでも拒まなくちゃだめだろう?」
「ええっ、だってジノはその・・・友だちだし・・・それに変な意味なんか全然なかった、し」
「そんなのがそう思うだけだ。いい?男なんてなにを考えているか分からないんだよ、そんな簡単に信用したらだめなんだ」
「・・・・・・」

 それをスザクが言うのか。しかもそこまで言われても、やっぱりジノに下心があったとはどうしても思えない。が返事をしかねているのに気づいたスザクは頬をなぜる手をぴたりと止めると、視線を向けてきたに声を低めた。

「まさか嬉しかったなんて言わないよね」
「そ、それはもちろん、うん、そう、びっくりしてあの、拒めなかっただけ」
「そう。ならジノと食事も行かないね?」
「え?ああ、うん・・・。でもあれ、ほんとに社交辞令だと」
「行くって言うならのことこの部屋にしばらく閉じ込めておくけどそれでもいい?」
「行きません」

 きぱりと言うとスザクはようやく本当に笑みを浮かべた。けれどがそれに安堵したのもつかの間、スザクの両手に手首をつかまれ、ばすっとベッドの上に押し倒される。ぱしぱしと瞬きする視界に映るスザクの顔はこれ以上ないくらいに楽しげだ。

「・・・・・・あれ?」
「僕も悪かったと思ってるよ。が僕のものなんだって分かりやすくしておかなかったから・・・。大丈夫、今日はたくさん痕をつけておくよ」
「!?」

 そのまま柔らかなベッドに押し込むように、スザクの顔が近づいた。





あなたの愛したあと






「え、スザクに?もちろん気づいてたさ!私は帝国最強の騎士だぜ!いやあ、普段スザクってつんつんしてて全然可愛げがないからさ、ちょっとからかってやろうかと思って。どうだった?妬いてた?ああ、見たかったなあやきもちスザク!そのうちまたやってみようかな?」









――――――――――
(2008.8.25)