スザクから見て、ルルーシュの機嫌はすこぶる良かった。他人(クラスメイトであったり、生徒会室にいる今ならミレイやリヴァルであったり)の目があるところではあくまでも平常どおりの彼であったが、一人きりになれば鼻歌でも歌いだしそうなオーラがある。それは長い付き合いのスザクだからこそ分かることだったが、そのスザクも別にルルーシュの鼻歌を聞いたことがあるわけではない。たとえるなら、の話。
「ルルーシュ、今日はご機嫌だね。何か良いことでもあったの?」
席から立ってミレイたちから離れたのを見計らって、スザクはルルーシュに近寄った。単刀直入に訊ねると、よくわかったな、とでも言いたげにルルーシュは数回目を瞬かせてからちいさく笑みをもらす。
「今晩のデザートにナナリーが咲世子さんとチョコレートケーキを焼いてくれるんだ。それで」
「へえ!すごいな。ケーキなんて、今日は特別な日なの?」
スザクの問いにルルーシュは先ほどとは違う意味で何度かまばたきをして、呆れたように息をついた。
「お前、日本人だろう」
「え?そうだよ、なにを今さら」
「日本人にとって、バレンタインデーとチョコレートは切っても切れない仲なんじゃないのか?」
「・・・ああ!」
そこでようやく今日が2月14日であることを理解したスザクは納得して大きくうなずいた。軍で過ごすことの多い彼なので、そういったイベント事には疎い。
「そうか、それでなんだか学校全体が浮き足立ってるんだ。リヴァルもずっと会長の隣でそわそわしてるし・・・。でもブリタニアにはチョコレートをあげるっていう習慣はないんだろ?」
「郷に入っては郷に従え、だ。というか、去年会長が日本風に大掛かりなイベントをしたんだよ。それが生徒の間に浸透して、今年の状況なわけだ。ナナリーも憶えていたんだな」
「なるほど。でも今年は何もしなかったんだね」
「ああ、やめさせた」
きぱりとどこか苦々しげに言うルルーシュを見て、ああ去年はきっと大変だったんだなと思う。なんとなく声をひそめてはいるもののこの部屋には現在ミレイもいるので、万が一このやり取りが彼女の耳に入ってルルーシュの苦労が水の泡になるのも憚られる。スザクは苦笑するにとどめてそれ以上聞くことをせず、話題を変えようと考えを巡らせて、はたと一人の少女に思い当たった。
「はどんなのくれるんだろう」
「は?」
極端な話題の変化にルルーシュがいぶかしげに眉を寄せた。日直だったは今日はまだ生徒会室に顔を見せていない。
「とその話をしたのか?」
「ううん。だってバレンタインデーだって今の今まで忘れてたんだし」
「なんだ、ならお前、勝手ににもらう気でいるのか」
「え?」
きょとん、と目を丸くするスザクに対して大げさにため息をつくルルーシュ。話をしているだけで疲れる相手なんて、コイツか会長くらいだ。
「がお前にチョコレートを渡すかどうかなんて、まだ分からないだろう、って言いたいんだよ」
「ああ、でも、くれると思うよ」
「だから、どうして」
「だって・・・だし?」
なんの理由にもなっていない理由をぺろりと口にするので、呆れを通りこしてルルーシュはわずかに苛立ちを覚えた。ミレイとリヴァルがこちらの話を聞いていないことを確かめ、すこしだけ目元を鋭くした。
「そういうのを日本では捕らぬ狸の皮算用というんじゃないのか。妙に期待するのはやめておけ。あとで泣きを見るのはお前だぞ、スザク」
「うーん、ルルーシュには分からないかな、期待じゃなくて確信だよ。だってが僕になんのプレゼントもないなんて、そんなの考えられる?」
「充分に予測の範囲内だ。確かにお前とは仲が良いが、それは例えば俺とて同じこと。俺がすでにチョコレートをもらっているならお前にも可能性があると言えるだろうが、まだからなにも渡されてはいない。よって!スザク、お前がからチョコレートをもらえる確率はまず50パーセントからスタートして、」
「君は難しく考えすぎなんだよ。まあルルーシュはもらえるかどうか分からないんだから、そう考えるのも仕方ないのかもしれないけど。僕は問題ないからただ待っていればいいんだ」
「俺だけがもらって、お前にはなにもなし、という可能性も考えられる」
「ええ?それはないよ」
「・・・どうやら俺が何を言おうがお前には伝わらないようだな。残念だが、俺はお前がからなんのプレゼントもなしに終わって泣き崩れるのを事前に阻止することはできなかったようだ。先に言っておくが、ナナリーのケーキもやらないからな」
「いいけど・・・でもナナリーも僕にちゃんとくれると思うなあ」
あっけらかんと言うスザクを見て、いい加減ルルーシュの中の何かがぶちりと音を立てて切れた。思わず声を荒げて、スザクがにももちろんナナリーからもチョコレートをもらえない可能性をさらに語ってやろうとしたが、それは生徒会室のドアがぷしゅ、と音を立てて開くのに遮られた。いちはやく気づいたスザクがぱっと顔を明るくしてルルーシュの側を離れる。
「!遅かったね」
「あ、うん、ごめんね。職員室まで何度か往復するハメになっちゃって。会長、遅くなってすみません」
律儀にミレイに向けて頭を下げるに、あーいいのよ、と生徒会長は軽く手を振るだけだった。そもそも全員が揃っているわけではないし、今だってきちんと仕事をしていたとは言いがたい。真面目なやつだなとルルーシュが微笑ましく思っている傍らで、スザクが明らかに期待に目を輝かせながらの周りをうろうろとしていた。恥ずかしい男だ。
「ねえ、鞄、重そうだね。持とうか?」
「え?えー・・・と?すぐそこにわたしの席があるんだけど」
「うん、でもほら、距離にして数メートルはあるわけだし。あ、やっぱりちょっと重たいな、なにか入ってるの?」
なんだその三流芝居は、ただ待っているだけで良かったんじゃないのか。もはや呆れてものも言えないルルーシュの苛立ちはすっかりと身を潜め、不思議そうにしているを席まで促した。
「、気にするな。今日のスザクは暖房の暑さで頭がおかしくなってるんだ」
「ひどいなルルーシュ、君と変わらないよ。それより、なにか特別なものでも入ってないの?」
ルルーシュに促されるまま自分の席についたは、ただ首をかしげてスザクを見つめるだけだった。
「入ってないけど・・・。いつも通りに、テキストとノートと」
「えっ!・・・・・・・・」
「スザク・・・ほんとにどうかしたの?暖房の温度下げようか?」
立ち尽くすスザクの横をすり抜けて、ルルーシュはの隣の席に腰掛ける。だから言っただろう、俺の忠告を聞かないからそうなる。
「・・・・・・・・・、・・・今日はバレンタインデー、だよ・・・」
「バレン・・・?・・・あああ!すっかり忘れてたっ、あー、今年はみんなにあげたいチョコレート、ちゃんと決めてたのに・・・」
ごめんね、とショックを受けたまま固まっているスザクに頭をさげ、隣のルルーシュにもごめんねルルーシュ、と謝ってきた。そのパターンか、と内心でいくつか考え出したうちのひとつをもう一度取り上げる。がそもそも今日がバレンタイン当日だということを忘れているパターン。それでもまだ、チョコレートを用意する意思があっただけマシだ。2・3日中にはすくなくとも生徒会メンバーには何かしら持ってくるに違いない。そう思うので、ルルーシュは笑顔を見せた。
「いや、いいんだよ。スザクが変に期待していただけだ」
そう言ってを慰めたが、実はちょっぴり残念だった。
そうぼくの頭は
チョコレートでできてる
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(2008.8.13)